研究=物事の解明だと理解していなかった

やっぱり自分は研究のことを何もわかっていなかった。

研究とは誰も知らなかったことを明らかにすることだ、という文言は知っていたけれども、それを理解・実践はできていなかった。それが、大学院で研究を進められなかった一番の原因だと思う。

言語化が難しいけれども、「研究」をしていなかった。研究のようなことをずっとしていた。
どうやったら物事を明らかにすることができたといえるのかがわかっていなかった。それを科学の作法に則って示すことがわかっていなかった。

今の科学研究で物事を明らかにしたというには、誰も知らなかったことに関する客観的なデータを取得して解釈することで行われるのだと思う。その中にサンプル数とか、実験条件とか、そういうのを考える必要が出てくる。

一番大事なのは、物事を明らかにしようと決意する部分。自分にはそれが決定的に欠けていた。
目的が不明瞭なまま実験のようなことをして(覚悟が足りていないから条件やサンプル数に甘えがでる)、出てきたデータをなんかそれっぽく解析してみて、何かを言った気になる。そして、何かを言った気になったものをパワポに貼り付けて発表して、様々な反応をもらう。

やってるのは研究ごっこ。研究ではない。
だから些末なところにこだわる。

指導教員に言われ続けていた「お前さんがやってるのは自由研究だ」という言葉の意味がやっと分かってきた。それをわかったとしても、行動や考え方がすぐに変わるわけではない。
ついつい、今まで通り”自由研究のように”考えようとしてしまう頭をふんづかまえて、”研究”を考えられるようにしないといけない。

やるしかない。やるんだ。

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